高田純次の電話インタビューでわかった本当の人生哲学

高田純次は73歳で、いつも「テキトーキャラ」が多く感じられるが、芸能活動40年以上毎日走り続けてこられたのはなぜなのだろうか?

その高田純次に電話インタビューをしてみると、若き日の挫折を口にした。

高田純次の仕事は偶然の仕事が多かった

現在は、新型コロナウイルスが拡大し、テレビ局の仕事もコロナウイルスの情報番組が多く、希望の情報はほとんどない。

そんな中でも高田純次は、散歩をしながら街の人に明るく声をかける情報がやっている。

※今(2020年5月)は、新型コロナウイルスの猛威で、収録が無い日が多くなっているという。

 

「いったい、どうなっちゃんだろうね、ほんとに。どう気を付けていいかもわからないよね。体温は毎日、測ってますよ、今日は35度8分だったかな、36度台になかなかならない。低すぎて病気かぁ、オレ(笑)。でも、なんか悶々としちゃうよね。この仕事をやってこんなに時間があり、暇なことはないです。初めてです…。でも、これまでだっていいことばかりでもなかったし、仕事も偶然転がってきたもののほうが多い。だからこれからどうなるかは誰もわからないけど、何とかなるとも思ってます」

 

この仕事も、偶然転がってきた。

元々は、
2006年に始まった地井武男による『ちい散歩』
2代目の加山雄三の『若大将のゆうゆう散歩』

の後に、高田純次の「じゅん散歩」が5年目となるのだ。

これも、プロデューサーの方に偶然会ったのがきっかけ。

ちょうど腰を悪くしていて、お医者さんに歩いて腰を鍛えなさいと言われていたんです。

この仕事はタイミング的にちょうどよかった。

口コミ

高田純次さん好きだけど、そろそろ若手に仕事を渡してあげればと思う。もうお金は要らないでしょうに・・・。

本を十字にして背中にかついでさ。楽しかったろうなぁ。夢だった……」これは知らなかった。

本当に天才的なコメディアンだと思う。苦しい下積み時代が続いたのに、他人事のように笑い飛ばせる氏の強さに脱帽。

事故とかいろいろあったけど、ややエロいながらも癒やしのトークは今や誰もできない芸風。

高田純次さん、ほんと大好きです。俳優、お笑い、司会とマルチプレヤーだけど、すごい苦労人で努力家なんだよね。ほんと、面白いし、貴重な存在!

いい記事ですね。
フライデー、ありがとう。
ライター、編集者が高田さんのことを
尊敬していることが伝わってくるし
素晴らしいメッセージもあって。

自分がまだ若い頃は、高田さんを見て、何調子こいてんだよ、とか思ってたけど、自分がおじさんになって、高田さんの良い意味でのしたたかさ、凄さがわかってきた気がする。

テレビの共演者だろうが視聴者だろうが、絡み方、見せ方が常に一定。

なんかホッとするんだよな。

植木等さんの後を継ぐ無責任男だと思ってます。植木さんは実際は真面目な男でした。高田さんもそのようですね。そうじゃなきゃ長く芸能界の第一線にいられません。

元気が出るテレビからのファンです。歳をとっても、くだらない事をやったり、言ったりするスタイルが大好きです。
私もこういう歳のとりかたが出来れば理想です。

通っていた高校の文化祭の基調講演に来ていただいたことがあって、そんな仕事もするのかと当時感心していた。
礼拝堂の壇上で魚ダンスしてくれたりして
先生達はビックリした顔してたけど、生徒は皆んな喜んでいた。
講演の内容は忘れたけど、ただ適当なことだけ並べるわけでもなく、立派な人なんだなと尊敬の念を持ったことを覚えている。
今思えば、高田さんを基調講演のゲストに選んだウチの高校はなかなか良いセンスだったと思う。

一言で言うと天才だと思う
スマートなお笑いの天才 苦労を笑いに変える事が出来るタレント。
つかみや出落ちで一発で笑いを取れるのは凄いと思う。

子供の頃は高田純次、毎日フワフワ、テキトーで気楽な毎日なんだろうなあと思ってた。そう思わせる事自体そもそも凄い事なのかも知れない。
今回の「高望みしない事への覚悟が出来た」って凄く深い言葉だと思う。
車の運転にはくれぐれも気を付けてww頑張って欲しいです。

芸能界では数少ない俳優もできてお笑いもできてすごい才能の持ち主だと思う。亀井刑事役はキンキンと交代したとき最初違和感があったが最近は違和感なく見れるようになった。

苦労しているのですね!確かに後で成功するって分かってるなら耐えられるけど、先が分からない苦労は辛いですね!目の前の判断を後悔することなくやりたいです!

もう数年前だけど、、
ふとテレビで地元のローカル番組(福井)見たら
何故か、、高田さんがボロボロ大粒の涙を溢して泣きながなにやらお話しされていてビックリしたことがある
もう30年、、いや35年位前だろうか、、
あの笑ってる場合ですよのしばらくあと高田さんは福井のローカル番組の司会をしばらくされておられて、、
当時なんで東京の有名な人がこんな田舎のローカルに、、て驚きつつ毎週楽しく見ていましたが、、
なんでも当時高田さんは東京で少し仕事を干されていて、、そこを福井のローカル局に助けてもらって、、そのご恩は本当に有り難く絶対に忘れない、、、
と、あのテキトー男の高田さんが男泣に泣きながら語っておられました
もう当時からすでに何十年も前の事なのに、、、なんて義理堅い人なんだろう ああこれだからこの人は厳しい芸能界で何十年も第一線で生きてこられたんだ、と思いました

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